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心に響く聖書の言葉


「あなたは神のみわざを知らない」 伝道者の書11章1-6節


11:1 あなたのパンを水の上に投げよ。ずっと後の日になって、あなたはそれを見出す。
11:2 あなたの受ける分を七、八人に分けておけ。地上でどんなわざわいが起こるかをあなたは知らないのだから。
11:3 濃い雲が雨で満ちると、それは地上に降り注ぐ。木が南風や北風で倒れると、その木は倒れた場所にそのまま横たわる。
11:4 風を警戒している人は種を蒔かない。雨雲を見ている人は刈り入れをしない。
11:5 あなたは妊婦の胎内の骨々のことと同様に、風の道がどのようなものかを知らない。そのように、あなたは一切を行われる神のみわざを知らない。
11:6 朝にあなたの種を蒔け。夕方にも手を休めてはいけない。あなたは、あれかこれかどちらが成功するのか、あるいは両方とも同じようにうまくいくのかを知らないのだから。


 これは旧約聖書「伝道者の書」の一部であり、イスラエルのソロモン王〔紀元前1011年頃〜紀元前931年頃〕によって記されました。彼はダビデ王の子であり、神様から知恵と富、知識、名声を与えられた人物として知られています。ソロモンはこの書簡において、変わった切り口で神様のご計画と人間の生きる術を教えています。

1.あなたは神のみわざを知らない

 1節の「
あなたのパンを水の上に投げよ。」とは、港町において船での貿易をすることを例えとして用い、危険を恐れずに投資すべきことを教えています。ソロモンの時代には船での貿易は常に危険が伴う商売でした。悪天候や暴風になると一瞬ですべてを失ってしまいます。その商品が必ず売れると言う確証もありません。しかしうまくいけば後に大きな富を得ることが出来る!――まさにハイリスク、ハイリターンでした。
 しかし、ここでのソロモンの趣旨は、危険な賭けに出よということではなく、「人間には将来のことは分からないのだから、今あなたに出来ることをしっかりやりなさい!」と言うことです。人は失敗や危険を恐れていたら、何も出来なくなってしまいます。異常気象ばかりだからと言って種を蒔かないなら収穫はありません。だから朝にも夕にも種を蒔けと言うのです。神様がどのようにあなたを成功させてくださるか分かりません。また、神様が何を成功させてくださるか分かりません。だから私たちはいろいろな事に挑戦すべきなのです。

 5節では、「あなたは妊婦の胎内の骨々のことと同様に、風の道がどのようなものかを知らない。」と、記されている通り、私たちはいのちの不思議や自然の摂理を理解することができません。羊水の中にいた胎児がゆっくりと育まれ、出産と同時に息をするようになる瞬間は、神様のみわざと言うしかありません。赤ちゃんは神様からの賜物であり、そのいのちはどんなものより尊いのです。残念なことは、もし私たちが神様の存在を認めないなら、このいのちの価値さえ理解することが出来ません。


2.あなたは救い主を知らない

 日本はイスラエルから遠く離れ、島国であるため、キリストの福音が伝えられるのが遅れてしまいました。また歴史的な閉鎖性もあってクリスチャンの数は未だ人口の1パーセント未満に留まっています。クリスマスや母の日、イースターはお祝い行事として受け入れても、イエス・キリストのことを知らない人がほとんどです。ですからイエス・キリストのことをぜひ知ってほしいのです。次のことばはイエス様の弟子であったペテロの証言です。
使徒10:39 「私たちは、イエスがユダヤ人の地とエルサレムで行われた、すべてのことの証人です。人々はこのイエスを木にかけて殺しましたが、
10:40 神はこの方を三日目によみがえらせ、現れさせてくださいました。
10:41 民全体にではなく、神によって前もって選ばれた証人である私たちに現れたのです。私たちは、イエスが死者の中からよみがえられた後、一緒に食べたり飲んだりしました。
10:42 そしてイエスは、ご自分が、生きている者と死んだ者のさばき主として神が定めた方であることを、人々に宣べ伝え、証しするように、私たちに命じられました。
10:43 預言者たちもみなイエスについて、この方を信じる者はだれでも、その名によって罪の赦しが受けられると、証ししています。」

 ペテロの証言の根拠となったのは、十字架に架けられて殺されたイエスが、墓の中から三日目によみがえってペテロを含めた弟子たちに現れたことでした。もしイエス様が復活して目の前に現れなかったなら、ペテロはクリスチャンになっていなかったはずです。なぜならクリスチャンになるということは迫害されることを覚悟しなければなりませんでした。事実、後にペテロも他の多くの証人たちも迫害され殉教の死を遂げています。
 では、なぜ弟子たちはいのちを賭けてまでキリストの福音を熱心に伝えたのでしょうか?――福音は私たち人間が
知らなければならないことだからです。ペテロの証言にある通り、人は必ず神のさばきを受けることが定まっており、キリストによって罪の赦しがあるからです。わかりやすく言うなら、キリストの福音に、罪をさばかれて永遠の地獄へ行くか、罪を赦されて永遠の天国へ行くかが懸かっているのです。ですからクリスチャンは福音を伝えない訳にはいかないのです。


3.知るべきこと

 伝道者ソロモンは言います。「あなたは一切を行われる神のみわざを知らない。
確かに私たちには知ることが出来ない神様のみわざが多すぎます。しかし、神様が望んで私たちに伝えようとしておられることは、知っておくべきです。次は使徒パウロのことばです。
ローマ1:15 ですから私としては、ローマにいるあなたがたにも、ぜひ福音を伝えたいのです。
1:16 私は福音を恥としません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシア人にも、信じるすべての人に救いをもたらす神の力です。

 法律を知らなかったからと言って犯した罪を赦されることはありません。同じように、神様の救いを知らなかったからと言って罪を赦されることはありません。人には神のさばきがあることを知っておくべきです。そして神様はイエス・キリストの福音によってあなたの罪を赦して神の子どもとし、永遠のいのちを与えることを約束しておられます。