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心に響く聖書の言葉


父親の愛 コロサイ3章



 
父の日は、母の日と同じように教会で始まった記念日です。母親が早くに召されたため、6人の子どもたちを男手1つで育ててくれた父を想い、娘の一人であるソノラ・スマート・ドッド(Sonora Smart Dodd)が、母の日と同様に父の日も設けてほしいと教会の牧師に願い、6月に父の日礼拝を開いてもらったことがきっかけだと言われています。約百年前のことです。(1909年・ワシントン州)

1.父親への感謝

 父親に感謝することは良いことです。是非、今日は父親に感謝の言葉をかけてあげてください。父親がすでに亡くなられているかたは、父親のことを想い、偲び、自分が今生かれていることを神様に感謝しましょう。

 聖書の中で語られている
父親とは、家族のリーダーとして神様から権威と使命を与えられている人です。従って家庭において父親の権威は尊ばれなければなりません。父親は、天におられる父なる神様の栄光と権威を家族に対して現わす器だからです。

 しかしながら、昨今は多くの家庭で母親の権威の方が強くなりすぎているようです。父親は子どもたちの前でかたき役です。母親が子どもを叱るときに、こう言います。「そんなことをしているとお父さんのように出世しないよ!」・・父親の権威はどこへ行ってしまったのでしょうか?・・どうかお母さんがた。子どもたちに「お父さんのように立派な人になってね!」と言ってあげてください。その信頼の一言で、お父さんは今より何倍も頑張れるようになるのですから。

 インターネットニュースで、理想の父親ランキングというのがありました。
1位 関根勤、2位 所ジョージ、3位 つるの剛士、4位 明石家さんま、5位 長嶋茂雄(オリコン発表)
 彼らに共通するのは、よくしゃべり、ユーモアがある人です。裏を返せば、面白い話が出来なければ理想の父親として尊敬されないと言えます。昔ながらの頑固一徹な父、威厳ある父、職人気質の父、というのは現在では敬遠されるようです。

 しかし、聖書が教える理想の父親は、会話力やユーモアがある人ではありません。子どもたちを愛し、正しい方向へ導いてくれる父親です。真理を教え、訓戒と戒めを与えてくれる父親です。しかし、そんな立派な父親はそうそう居るものではありません。もし、あなたの父親が話もせず、ユーモアもなく、何も教えてくれず、理想の父親から遠くかけ離れていたとしても、あなたの父親は全世界でただ一人だけです。あなたの父親として敬い、感謝することは確かに神様の御心なのです。



2.父親の使命


 パウロはコロサイ人への手紙3章で、家庭における父、母、子それぞれに、神様の御心を教えています。(エペソ人への手紙5−6章参照)

3:18 妻たちよ。主にある者にふさわしく、夫に従いなさい。
3:19 夫たちよ。妻を愛しなさい。つらく当たってはいけません。
3:20 子どもたちよ。すべてのことについて、両親に従いなさい。それは主に喜ばれることだからです。
3:21 父たちよ。子どもをおこらせてはいけません。彼らを気落ちさせないためです。


 夫には「妻を愛しなさい」と命じられています。シンプルな命令ですが、一番難しいことです。禁止命令として「つらく当たってはいけません」と命じました。主人という強い立場を利用して、弱い器の奥さんに対して傲慢に振る舞うという誤りに陥りやすいからです。

 父親としては「子どもを怒らせないようにしなさい」と命じています。「子どもを正しく教えよ」をパウロは省略したのだと思います。それは書かなくても当然なことだからです。注意すべき点だけをパウロは挙げています。父親という権威を振り回して、無理強いをして子どもを怒らせてはいけないという事です。

 父親に与えられている使命の第一は、働くことです。人間が神様に創造されたときから、男は額に汗を流して、働かなければならないと命じられています。

創世記3:19 あなたは、顔に汗を流して糧を得、ついに、あなたは土に帰る。


 働いて収入を得、家族を養っていく責任は父親にあります。父親の働く背中を見て子どもたちは成長します。その背中次第で、子どもたちの生き方も変わります。

 父の日の説教を準備していて、一つの興味深い統計が目に留まりました。アメリカのニューヨークのある社会学者のチームがリサーチした統計です。18世紀にアメリカに移住した2人の人物を選び、その人の子孫がどういう人生を送ったのか調べました。その1人は、マックス・ジュークという人です。彼は、オランダからアメリカへやって来た移民です。彼は大酒飲みの乱暴者、無神論者で自分勝手な生き方をした人でした。彼は、同じ様な価値観を持った女性と結婚しました。そして、2人の間に産まれた子孫を、8代目まで追跡調査しました。総子孫数1240人の子孫がどういう人生を送ったかを調べました。すると、次の様な結果になりました。

●乳児の時に死亡 300人
● ホームレス 310人
● 受刑者 130人(うち7人は殺人)
●売春婦 190人
まともな職業についたのはわずか20人でした。

 もう一人はイギリスから移民してきたジョナサン・エドワーズです。彼は、牧師であり神学者であり、後にプリンストン大学の学長にもなりました。彼は、同じ信仰をもつサラという女性と結婚しました。2人の子孫を8代目まで調べた結果は次の通りです。
●1394人中、1295人が一流の大学を卒業
● 牧師、宣教師 300人
● 大学教授 120人(その中で大学学長14名)
● 弁護士 110人
● 軍人 75人
● 文学者 60人
● 医師 60人
● 裁判官 30人
● 国会議員 3人 (うち副大統領1名)
また、アメリカの大企業の多くで、ジョナサン・エドワーズの子孫が重要なポストに就きました。

 この統計が示すものは、父親の生き方を子どもたちはしっかり見ているということです。経済的理由、環境など加味されるべき点もありますが、父親は良きにつけ悪しきにつけ、子どもたちの模範になっているのです。ですから、父親に与えられた使命と責任は重大なものです。



3.父親の愛


 夫として妻を愛すること、父として子どもを愛することは大切です。その愛は一時的であってはいけません。「猫かわいがり」という言葉がありますが、自分になついてくれる時には、むやみやたらにかわいがり、なつかないなら、どら猫のように扱うようであってはいけません。家族への愛を持つために、パウロは15−16節でその前提を書きました。

3:15 キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。そのためにこそあなたがたも召されて一体となったのです。また、感謝の心を持つ人になりなさい。
3:16 キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。


「キリストの平和が・・心を支配するように」「キリストのことばを・・住まわせ」 心の中にキリストをたくわえること事が必要です。キリストは私達に神の深い愛を教え、与えてくださるからです。神様があなたを愛されていることを知ることから、信仰が始まります。同様に、神様に愛されていることを知ることから人を愛することも始まるのです。その愛は一時的ではない永遠に続く愛です。

 一つの例話を話したいと思います。
※気難しい男が、教会の葬式に出かけました。式場につくと、参列者の数はわずかでした。
「寂しい葬式だな〜」と思いながら、男は一番後ろの席に腰かけました。すると、前に座っている参列者の話し声が聞こえてきました。
「あのやろー、やっとくたばったか。さんざん悪い事ばかりしてきて、罰が当たったのさ。あいつが汚い奴だと神様もちゃんと知っておられたのさ。」
 隣に座っていた男がうなずきながら答えました。
「お前もそうか。俺もあいつがはやく死んでくれて、もう顔を見ないですむと思うと、神様に感謝してるよ」

 式は進み、最後の遺族のあいさつが始まりました。黒いベールをかぶっている夫人で、あまり顔が見えませんでした。夫人はしっかりした口調で話し出しました。
「私の主人は皆様もご存じのように、どうしようもない人でした。家庭を顧みず、自分勝手に生きた人でした。正直なところ、主人が早く亡くなってくれて私も子どもたちも実はほっとしております。皆様にも大変ご迷惑をおかけしたことを、主人に代わって心からお詫びいたします。」
 そう言うと夫人は席に着きました。
「なんてひどい葬式だ!」
男は心の中で叫びました。

 出棺の時間になり、参列者が花をささげていき、男の番になりました。
「どんな顔をしている奴だ」と思いながら、そっとひつぎをのぞきこみました。すると、男は一瞬で背筋が凍りつきました!ひつぎの中にあったのは、まぎれもなく自分の遺体でした。あわてて遺族の方を振り返ると、そこには、彼の顔を見てほくそえんでいる彼の妻と子どもたちでした。
「うゎ〜!」
男が叫びだした、その途端、夢から目が覚めました。

 この夢がよほどこたえたのでしょう。その後、彼は心を改め、家族を愛し、神様に仕えていきました。

 数年たって、男はまた葬式の夢を見ました。こんどは自分の葬式だとはじめから分かっていました。式場に着き、椅子に腰かけると、前の席に座っている参列者の話し声が聞こえてきました。
「じつは俺は神様に感謝しているんだよ。」
「あー、俺もほんとうれしいよ!」
 男は「またか!」と惨めな気持ちになりました。

 式が進み、遺族のあいさつになりました。彼の妻が立ち、話し出しました。
「正直なところ、わたしは神様に心から感謝しています。」
 彼は耳を手で塞ぎたくなりました。しかし彼女の顔から涙がこぼれているのが見えました。

「いままで神様がこんなに素晴らしい主人を、私と子どもたちに与えてくださったことを感謝しています。主人は私と子どもたちを心から愛してくれました。彼が与えてくれた愛が今でも私たちの心にしっかり残っています。だから、私たちは今も彼の大きな愛を感じることが出来るのです。主人と共に歩ませていただいた歳月は私たち家族にとって大切な大切な宝物です。この宝を与えてくださった神様に、心から感謝しているのです。」

 人生の最期に、こんな言葉を聞くことができたら、どんなにうれしいことでしょう。神様が与えてくださった家族を愛することは大切な事だと覚えて、その通り歩んでください。