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心に響く聖書の言葉


幸いな年とするために 詩篇119篇1-16節



詩篇118:1 【主】に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。


 新年明けましておめでとうございます。昨年を振り返れば、感謝することが多かったという人もいれば、残念な年だったという人もおられるでしょう。しかし誰もが新しい年を迎えています。誰もが新しいスタートラインに立っています。新しい期待とビジョンをもってこの年を始めていきましょう。

1.幸いな年

119:1 幸いなことよ。全き道を行く人々、【主】のみおしえによって歩む人々。
119:2 幸いなことよ。主のさとしを守り、心を尽くして主を尋ね求める人々。
119:3 まことに、彼らは不正を行わず、主の道を歩む。


 新年の始まりに当たり、誰もが幸いな年になることを望むでしょう。「神様、どうか今年は不幸な年にしてください」と望む人はいないはずです。しかし、今年はどんな年になるか誰にも分かりません。昨今の状況から予想できることは、

@経済的には物価が上がり、さらに厳しい年になるでしょう。
A温暖化による異常気象が続くので、世界の各地で大災害が起こるでしょう。
B隣国との関係の溝がさらに深まるでしょう。

 誰もが幸いな年となることを望んでいますが、見回せば不安材料でいっぱいです。しかし、聖書は私達に幸いな日々を送る秘訣を教えています。それは私達が「幸いな人になる」という事です。そうすれば今年、どんなことが起きても私達は幸いです。詩篇は、「主のみおしえによって歩む人は、幸いな人だ」と教えています。

2.幸いな人になるために

119:4 あなたは堅く守るべき戒めを仰せつけられた。
119:5 どうか、私の道を堅くしてください。あなたのおきてを守るように。
119:6 そうすれば、私はあなたのすべての仰せを見ても恥じることがないでしょう。
119:7 あなたの義のさばきを学ぶとき、私は直ぐな心であなたに感謝します。
119:8 私は、あなたのおきてを守ります。どうか私を、見捨てないでください。


 4−8節では、幸いな人になるために「御言葉を聞き、学び、そしてそこで命じられているおきてを守り行うこと」が挙げられています。聖書の御言葉を聞いても、聞くだけではいけません。聞いて従う事が必要です。そして、「直ぐな心で」御言葉を聞き、従い、感謝する事が大切です。「仕方なく」ではなく、「不平不満を言いながら」ではなく、心から御言葉を聞いて従うなら、神様は必ずあなたの今年を祝福してくださいます。

3.若い人たちを導く御言葉

119:9 どのようにして若い人は自分の道をきよく保てるでしょうか。あなたのことばに従ってそれを守ることです。
119:10 私は心を尽くしてあなたを尋ね求めています。どうか私が、あなたの仰せから迷い出ないようにしてください。
119:11 あなたに罪を犯さないため、私は、あなたのことばを心にたくわえました。
119:12 【主】よ。あなたは、ほむべき方。あなたのおきてを私に教えてください。


 詩篇の著者は、若い人たちに目を向け教えています。若い人は未熟です。経験が浅い為、知らないことが多く、教えられなければ暴走してしまいます。そして、誘惑も多いので悪の道に陥りやすい。若い人は誰に従っていけばよいのか分からず、手さぐりで自分の道を探しているのです。

 誰を先生にし、誰に倣うかで人の生き方は大きく変わります。しかし、それが自分にとって一番良い生き方なのか、誰も分かりません。

 詩篇の著者は、私たちが間違いなく幸せな人になるために、聖書の御言葉を先生として学びなさいと教えます。聖書の御言葉は永遠に変わらない真理の教えだからです。私たちの髪の毛の数まで知っておられる全能の神様の教えです。

 聖書の御言葉は私たちに正しい生き方と悪い生き方の区別を教えます。聖書はいのちの価値について、罪とさばきについて、永遠について、そして神様のご計画とその愛について教えることが出来る唯一の教科書です。こんな素晴らしい教科書はどこにもありません。もし、あなたの聖書にほこりがかぶっているなら、今日、帰ってからほこりを払い、手に取り、ページをめくってください。
 
 神様は私たちが聖書を学び、信じて生きるように、世界のはじまる前から計画されました。神様は私達に聖書を与え、聖書を通して導き教えるという方法を選ばれたのです。


 神様はまずモーセを通して律法を与えられました。また、預言者たちに御言葉を与え、書き記させました。それが旧約聖書です。そして聖書を完成させるために父なる神はひとり子イエス・キリストを世に遣わされました。そのイエス・キリストの生涯と御教えを弟子たちが書き記したのが新約聖書です。この旧約聖書と新約聖書によって聖書が完成しました。

 神様はこの聖書が誤りのない神の御言葉であり、真理だと証明するために様々な奇蹟、しるしという手段を用いられたのです。

 聖書を初めて読んだ方々はおそらく聖書に記されてある奇蹟の数々に驚かれると思います。それはおとぎ話のような作り話ではなく、実際に起きた出来事が記録されたものです。神様の奇蹟には目的があり、それは聖書が間違いなく神の御言葉であることを証明するためでした。神様はこの聖書によって私たちに本当の幸せを与えようとされているのです。

 では、「本当の幸せ」とは何でしょうか?

――快適な暮らしでしょうか? 何不自由のない生活でしょうか? 安心安全の暮らしでしょうか?――
 先週、TV番組で世界の秘境と呼ばれる場所で暮らす人々の生活が紹介されました。小さい島で暮らす人々、切り立った山の崖で暮らす人々、うっそうとしたジャングルで暮らす人々。電気もガスも水道もない場所で、自然と向き合いながら生活しているのです。
 彼らの生活を見ていると、不便、不衛生でかわいそうだと感じる反面、感心させられることがいっぱいでした。彼らは助け合いながら、誇りをもって生きています。共同生活をしているので嘘や隠し事がありません。リポーターが「住みやすい場所へ移りたいですか?」と質問すると、誰もが「いいや、ここが一番だ」と答えます。彼らにするなら、コンクリートで固められた場所で、汚れた海と汚れた空気の中に住み、人と人の絆が薄れた日本人の方がかわいそうなのでしょう。

 ですから、幸いの基準とは利便性や環境ではありません。ましてお金があるかないかではないのです。本当の幸いとはこの世の基準で計り知ることが出来ないものだと分かります。



 聖書は私達に本当の幸いを教えています。それは神によって造られた私たちが、神との交わりを回復されて、神と共に生きる生活です。神様と共に生きることが人間にとって究極の幸せなのです。
 ですから天国は最も素晴らしい場所です。千年王国はキリストと共に住むことが出来るので祝福の場所です。クリスチャンの中にキリストが住んでくださるという約束は素晴らしいのです。

 その橋渡しとなるためにイエス・キリストが天から降りて来られ、十字架の上で私たちの罪の身代わりとなって死んでくださいました。そして墓の中より三日目によみがえられたのです。その目的は、私達が罪赦され、神様との交わりを回復するためです。神様はその幸いを聖書の御言葉によって教え、あなたに与えようとしておられるのです。

4.新たなる決意

119:13 私は、このくちびるで、あなたの御口の決めたことをことごとく語り告げます。
119:14 私は、あなたのさとしの道を、どんな宝よりも、楽しんでいます。
119:15 私は、あなたの戒めに思いを潜め、あなたの道に私の目を留めます。
119:16 私は、あなたのおきてを喜びとし、あなたのことばを忘れません。


 詩篇119篇全文を声を出して読んでみると、これはまさに信仰者の祈りだと分かります。迫害と苦しみの中から神様に助けを求めている信仰者の祈りです。そして著者は、神様の御言葉に信頼することが幸いの秘訣だと告白しつつ、「御言葉に信頼して歩む信仰を与えてください」と、心から願っているのです。

 13節−16節は、新たなる決意の言葉です。13節は「このくちびるで神様のことを語り告げます」という伝道の決意です。15節、16節は「ますます御言葉を読み、黙想し、心にたくわえます」という決意です。

 新しい年を迎え、新たなる計画を立てるときに、このことを覚えてください。人間的な計画は私達を幸いな人にすることはできません。しかし、御言葉を慕い求めながら立てる計画は、主が祝福してくださいます。
 伝道するという決意、御言葉を学ぶという決意を、今年の計画の中にぜひ織り込んでください。新しい年、「私は幸いです」と喜びつつ胸を張って言える年としましょう。