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心に響く聖書の言葉


マタイによる福音書27章27-32節「ヴィア・ドロローサ」



1.兵士たちのからかい

27:27 それから、総督の兵士たちは、イエスを官邸の中に連れて行って、イエスの回りに全部隊を集めた。
27:28 そして、イエスの着物を脱がせて、緋色の上着を着せた。
27:29 それから、いばらで冠を編み、頭にかぶらせ、右手に葦を持たせた。そして、彼らはイエスの前にひざまずいて、からかって言った。「ユダヤ人の王さま。ばんざい。」

 官邸の外でむち打ちを受けたイエス様は、変わり果てた姿になっていました。背中の皮と肉が切り刻まれ、回り込むムチのために全身が打たれ、腫れあがり、血まみれの状態だったでしょう。

 兵士たちは囚人イエスを再び官邸の中に入れ、死刑場となるゴルゴダの丘へ連行するため全部隊を集めました。

 官邸の中に集められた兵士たちは、ぼろぼろになった囚人イエスをからかい、笑いものにしました。ユダヤ人の王だと自称していると知り、当時の王様に似立てて赤紫色の上着を着せ、王冠の代わりにいばらで編んだ冠をかぶせ、王笏の代わりに葦の棒を持たせて「ユダヤ人の王さま。ばんざい。」と叫び、からかったのです。※万歳;カイレ(ギリシャ語)、HAIL(英語)


 イエス様の身体はむち打ちの激しい傷のため、触られるだけで激痛が走るのに、服を無理やり脱がされ着せられるのは、傷に塩を塗るようなものです。また、冠のように編んだ茨のとげは、日本で見る茨とは違い、大きくて鋭いものです。それを頭に押し付けられるのですから耐えられない痛みだったでしょう。

@憂さ晴らし

 ローマ兵がとった行動はまさに憂さ晴らしでした。彼らにとってユダヤ人は毛嫌いする民族でした。たびたび起こる反乱、暴動のため兵士たちもユダヤ人を嫌っていたはずです。ユダヤ人の側からするとローマ人は異邦人であり、汚れた人々でした。そのため総督官邸に入ると汚れを受けて過越の食事が食べれなくなるので官邸に一歩も入りませんでした。それもローマ兵にとってはしゃくに障ることだったに違いありません。

 そのユダヤ人たちから「このユダヤ人の男を処刑してくれ、十字架に付けてくれ」と願われ、総督ピラトの許可が下りたのですから、日ごろの憂さを晴らす絶好の機会でした。そして、新興宗教の教祖、ユダヤ人の王という肩書を持つ男ときては、嘲弄する絶好の的になったのです。

27:30 また彼らはイエスにつばきをかけ、葦を取り上げてイエスの頭をたたいた。
27:31 こんなふうに、イエスをからかったあげく、その着物を脱がせて、もとの着物を着せ、十字架につけるために連れ出した。

 兵士たちは散々、イエス様をからかったあげく、ぼろぼろになった元の服を着せて、処刑場へ連行しました。

A人間の醜い部分
 ローマ兵の取った行動は、人間の醜さを示しています。このローマ兵たちは自宅に帰れば良き夫であり、良き父親だったでしょう。ローマ兵ですから、周りの人々から尊敬されてもいたはずです。その人たちが、何をしてもよい立場に立つとき、これほど残酷になるのです。

 戦争という名目のもとに、数え切れない残虐行為が行われました。また、自分たちの主張を通すためにテロ行為を続ける人たちもいます。寄ってたかって弱い者をいじめ、暴行する人たちがいます。それを傍観する人たちがいます。誰もが誰かを憎み、さばいています。誰もが他人に絶対見せることのできない暗い部分を隠し持っています。

B主イエスの態度

 驚くべきは、兵士たちが行なった虐待とあざけりに対して一言も文句を言わず、ほふり場に引かれていく子羊のように静かにじっと耐えられたイエス様の姿です。心の中でイエス様は何を思っておられたのでしょう?――それは十字架上で語られたイエス様の一つの言葉で明らかです。

ルカ 23:34 「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」

 むちで打たれた時も、いばらの冠をかぶらされた時も、そして十字架に釘で打ちつけられる一瞬一瞬も、「
父よ。彼らをお赦しください」と祈られたでしょう。なぜならイエス様は罪人を救うために最も苦しいさばきを受けることを自ら選ばれたからです。赦しを与えるためにイエス・キリストは十字架の激しい苦しみを耐え忍ばれたのです。


2.クレネ人シモン

@不幸な出来事
27:32 そして、彼らが出て行くと、シモンというクレネ人を見つけたので、彼らは、この人にイエスの十字架を、むりやりに背負わせた。

 十字架へと続く暗く重苦しい記事の中に、福音書は所々、灯火のような出来事を挟んでいます。前回の聖書箇所ではバラバであり、今回の聖書箇所ではこのクレネ人シモンです。

 クレネは北アフリカのリビヤにあった都市で、シモンは「田舎から出て来た」とマルコ福音書は説明を加えています。過越の祭りのために上ってきていたので、多くの注解者は、このシモンをクレネに住むユダヤ人であったと解説していますが、異邦人改宗者であった可能性もあるでしょう。

 クレネ人シモンの立場になって考えてみましょう。過越の祭りのために長い旅をしてエルサレムへ来ると、町は騒々しく、囚人が三人、処刑場へ連れて行かれる所でした。ローマ兵数百人が列を組んで取り囲み、その周りを群衆が取り囲み、罵声を浴びせかける人もあれば、涙を流して叫んでいる人々の姿もありました。

 行列を見ていると、十字架を背負った傷だらけの囚人が一人倒れこんでしまい、もう一歩も歩けないような状態でした。その時、突然ローマ兵が自分の目の前にやってきて、「おい、お前!代わりに十字架を運べ」と命令されたのです。

「はい、喜んで!」と言う人はまずいないでしょう。シモンは必死に抵抗したはずです。聖書は「むりやり背負わせた」と記しています。過越の祭りを祝うのためにせっかく田舎から旅をしてきたのに、死刑囚が背負うべき十字架の木を背負わされ、多くの群衆が罵声を浴びせる中をみじめに歩いて行かなければならない――彼の心境は、「どうして私なのか?悔しい」の一言だったでしょう。


A十字架を背負う
 総督官邸があったのはエルサレム神殿のアントニオ要塞と呼ばれる場所だったようです。また、十字架刑が実行されたゴルゴダの丘は現在、聖墳墓教会が建てられている場所だと考えられています。その道のりは約一キロメートルあり、ラテン語でヴィア・ドロローサと呼ばれています。「苦難の道、悲しみの道」という意味です。

 その小道をイエスと言う死刑囚の後に付いて、重い十字架の木を担いでいかなければならないシモンにとっても苦難の道、悲しみの道でした。しかし、シモンは不思議な光景、不思議な言葉を聞くことになります。

 ルカ福音書23:26-28を参照すると、「シモンというクレネ人をつかまえ、この人に十字架を負わせてイエスのうしろから運ばせた。」と言う記事に続いて、「大ぜいの民衆やイエスのことを嘆き悲しむ女たちの群れが、イエスのあとについて行った。しかしイエスは、女たちのほうに向いて、こう言われた。「エルサレムの娘たち。わたしのことで泣いてはいけない。むしろ自分自身と、自分の子どもたちのことのために泣きなさい。」とあります。

 シモンはその会話を聞くことが出来たでしょう。誰が見ても、一番哀れなのはイエス・キリストです。しかし、「むしろ自分自身と、自分の子どもたちのことのために泣きなさい」と言う囚人の言葉に驚いたはずです。

 ゴルゴダに着いたとき、彼は担いできた十字架をおろし、役目から解放されました。しかし、その後、十字架に架けられたイエスの語る不思議な言葉を聞き、その見事な最期を目撃したはずです。

Bシモンのその後
 聖書注解者の多くは、シモンは後にクリスチャンになったと解説しています。その裏付けは、次の聖書箇所です。
マルコ15:21 そこへ、アレキサンデルとルポスとの父で、シモンというクレネ人が、いなかから出て来て通りかかったので、彼らはイエスの十字架を、むりやりに彼に背負わせた。

 シモンの息子たちの名前まで記されています。その理由は、彼らが初代教会で知られているクリスチャンであったという理由以外考えられません。また、次の箇所も参照されます。

ローマ16:13 主にあって選ばれた人ルポスによろしく。また彼と私との母によろしく。
使徒13:1 さて、アンテオケには、そこにある教会に、バルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン(シモンの可能性あり)、クレネ人ルキオ、国主ヘロデの乳兄弟マナエン、サウロなどという預言者や教師がいた。

 シモンはイエス様の十字架の死を見て、考えさせられたでしょう。そして、後にキリストを信じる者となり、彼の家族も信仰を持ち、主イエスと教会に仕える者となったと考えて良いでしょう。

C信仰者への啓示
 イエス様が負いきれなかった十字架をシモンが背負ったということ――その霊的な適応は、信仰者はキリストのために十字架を背負うことが求められているということです。

マタイ 16:24 それから、イエスは弟子たちに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。

 「自分の十字架」とは、キリストのために背負う苦しみを指しています。コロサイ人への手紙で使徒パウロが次のように書いています。

コロサイ1:24 ですから、私は、あなたがたのために受ける苦しみを喜びとしています。そして、キリストのからだのために、私の身をもって、キリストの苦しみの欠けたところを満たしているのです。キリストのからだとは、教会のことです。

 シモンのように、その十字架は人から無理矢理に負わされた重荷かもしれませんが、実は神様の摂理の中にあり、後にそれが祝福となりました。シモンは十字架を背負わされた時は、突然起こった不幸な出来事を嘆き、悲しんだはずです。もし、彼がクリスチャンにならなかったなら、彼にとってあの重く苦しい十字架は一生忘れられない屈辱的な経験だったでしょう。

 しかし、彼がキリストを信じてクリスチャンになったのであれば、彼の考えは変わったはずです。「この私がイエス様のために重い十字架を担うことが出来た!」と喜び、誇りに思ったはずです。教会に集うたび、「私がイエス様の代わりに十字架を担いだシモンです!」と証ししたことでしょう。不幸だと思っていたことが、神様の恵みに変わったのです。

 シモンのたった一節の短い記事に教えられます。

 クリスチャンの皆さん、私達も主イエス・キリストのために十字架を背負って歩きましょう。重い十字架かもしれません。しかし、信仰によって目を開いて前を見るなら、あなたの前を傷だらけのイエス様が歩いてくださっているのです。そして、重い十字架をよくよく見るなら、それはあなたにとって大きな喜び、大きな誇りと変わっている事を知るのです。