マタイによる福音書27章27-32節 「ヴィア・ドロローサ」 並行箇所;マルコ15:16-21、ルカ23:26-31、ヨハネ19:1-22
 今日の聖書箇所は、イエス・キリストが十字架に架けられる直前の場面です。27章はクリスチャンにとっては最も痛々しい場面、最も気持ちが暗くなる場面、また、最も腹立たしくなる場面と言えるでしょう。と言うのは、イエス様を十字架に付けた人々の情け容赦ないあざけり、非難、虐待が記されているからです。

1.兵士たちのからかい

 先週は総督ピラトの前での裁判の場面でした。ピラトはイエス様に何の罪もないことを認めたので、釈放しようと試みるのですが、祭司長たちの脅しとも取れる激しい言葉の前に、「私には責任がない」と言い逃れをし、血の責任をユダヤ人たちに押し付けたのです。ピラトはイエスをむち打ちの刑にし、ユダヤ人の同情を買って釈放しようと考えたのですが、結局、十字架に付けるためにイエスを兵士たちに引き渡しました。
27:27 それから、総督の兵士たちは、イエスを官邸の中に連れて行って、イエスの回りに全部隊を集めた。
27:28 そして、イエスの着物を脱がせて、緋色の上着を着せた。
27:29 それから、いばらで冠を編み、頭にかぶらせ、右手に葦を持たせた。そして、彼らはイエスの前にひざまずいて、からかって言った。「ユダヤ人の王さま。ばんざい。」

 官邸の外でむち打ちを受けたイエス様は、変わり果てた姿になっていたはずです。背中の皮と肉が切り刻まれただけでなく、まわりこむムチのために顔を含め全身が裂かれ、はれ上がり、血まみれの状態だったことでしょう。そのイエス様を再び官邸の中に入れ、死刑場となるゴルゴダの丘へ連行するために全部隊を集めました。全部隊とは600人と言われています。
 官邸の中に集まった兵士たちは、ぼろぼろになった囚人イエスをからかい、笑いものにします。ユダヤ人の王だと自称していると知り、当時の王様に似立てて赤紫色の上着を着せ、王冠の代わりにいばらで編んだ冠をかぶせ、王笏の代わりに葦の棒を持たせて「ユダヤ人の王さま。ばんざい。」と叫び、からかったのです。※万歳;カイレ(ギリシャ語)、HAIL(英語)
(写真; アウグストゥスのローマ市内にある銅像)  
@憂さ晴らし
 ローマ兵が採った行動はまさに憂さ晴らしでした。ローマ兵にとってユダヤ人は毛嫌いする民族でした。たびたび起こる反乱、暴動のため兵士たちもユダヤ人を嫌っていたはずです。ユダヤ人の側からするとローマ人は異邦人であり、汚れた人々でした。そのため総督官邸に入ると汚れを受けて過越の食事が食べれなくなると言って官邸に入りませんでした。それもローマ兵にとってはしゃくに障ることだったに違いありません。そのユダヤ人たちから「このユダヤ人の男を処刑してくれ、十字架に付けてくれ」と願われ、ピラトの許可が下りたのですから、日ごろの憂さを晴らす絶好の機会でした。そして、新興宗教の教祖、ユダヤ人の王という肩書を持つ男と来ては、嘲弄する絶好の的になったのです。
 イエス様の身体はむち打ちの激しい傷のため、触れるだけで激痛が走るのに、服を無理やり脱がせ、着せるのは傷に塩を塗るようなものです。また、冠のように編んだ茨のとげは、日本で見る茨とは違い、大きくて鋭いものです。それを頭に押し付けられるのですから耐えられない痛みでしょう。
27:30 また彼らはイエスにつばきをかけ、葦を取り上げてイエスの頭をたたいた。
27:31 こんなふうに、イエスをからかったあげく、その着物を脱がせて、もとの着物を着せ、十字架につけるために連れ出した。

 兵士たちは散々、イエス様をからかったあげく、元の服を着せて、処刑場へ連行しました。
A人間の醜い部分
 ローマ兵の取った行動は、人間の醜さを示しています。このローマ兵たちは自宅に帰れば良き夫であり、良き父親だったでしょう。ローマ兵ですから、周りの人々から尊敬されてもいたはずです。そういう人たちが、何をしてもよいという立場に置かれたとき、どれほどでも残酷になれるのです。戦争と言う名目のもとに、たくさんの残虐行為が行われました。自分たちの主張を通すためにテロ行為を続ける人もいます。寄ってたかって弱い人をいじめ、暴行する人たちがいます。それを傍観する人たちがいます。誰もが誰かを裁いてしまいます。誰もが心の中に、他人に絶対見せることのできない暗い部分を隠し持っているのです。
B主イエスの態度
 驚くべきは、兵士たちが行なった虐待とあざけりに対して一言も文句を言わず、ほふり場に引かれていく子羊のように静かにじっと耐えられるイエス様の姿です。心の中でイエス様は何を思っておられたでしょう。「こん畜生、今に見ていろ、父なる神様にからなず裁いてもらうからな」と言う怒りだったでしょうか?・・そうではありません。それは十字架上で語られたイエス様の一つの言葉で明らかです。
ルカ 23:34 「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」
 むちで打たれた時も、いばらの冠をかぶらされた時も、そして十字架に釘で打ちつけられる一瞬一瞬も、「父よ。彼らをお赦しください」と祈られたでしょう。なぜならイエス様は罪人を救うために最も苦しいさばきを受けることを自ら選ばれたからです。赦しを与えるためにイエス・キリストは十字架の激しい苦しみを耐え忍ばれたのです。私達はどれほどの感謝を救い主イエス様にささげたらよいでしょう。

2.クレネ人シモン

@不幸な出来事
27:32 そして、彼らが出て行くと、シモンというクレネ人を見つけたので、彼らは、この人にイエスの十字架を、むりやりに背負わせた。
 十字架へと続く暗く重苦しい記事の中に、福音書はところどころに灯火のような出来事を挟んでいます。先週の聖書箇所ではバラバであり、今日の聖書箇所ではこのクレネ人シモンです。クレネは北アフリカのリビヤにあった都市で、シモンは「田舎から出て来た」とマルコによる福音書は説明を加えています。過越の祭りのために上ってきていたので、多くの注解者は、このシモンをクレネに住むユダヤ人であったと解説していますが、異邦人改宗者であった可能性もあるでしょう。
  クレネ人シモンの立場になって考えてみましょう。過越の祭りのために長い旅をしてエルサレムへ来ると、町は騒々しく、囚人が三人、処刑場へ連れて行かれる所でした。ローマ兵数百人が列を組んで取り囲み、その周りを群衆が取り囲み、罵声を浴びせかける人もあれば、女性たちが涙を流して叫んでいる姿もありました。野次馬として行列を見ていると、十字架を背負った傷だらけの囚人が倒れこんでしまい、もう一歩も歩けないような状態でした。その時、突然ローマ兵が自分の目の前にやってきて、「おい、お前、こいつの代わりに十字架を運べ」と命令されたのです。「はい、喜んで」と言う人はまずいないでしょう。シモンは必死に抵抗したはずです。聖書は「むりやり背負わせた」と記しています。祭りのためにせっかく田舎から旅をして出てきたのに、死刑囚が背負うべき十字架の木を自分が背負わされ、多くの群衆が罵声を浴びせかける中をみじめに歩いて行かなければならない・・・彼の心境は、「どうして私なのか?悔しい」の一言だったでしょう。
A十字架を背負う
 総督官邸があったのはエルサレム神殿のアントニオ要塞と呼ばれる場所だったようです。また、十字架刑が実行されたゴルゴダの丘は現在、聖墳墓教会が建てられている場所だと考えられています。その道のりは約一キロメートルあり、ラテン語でヴィア・ドロローサと呼ばれています。「苦難の道、悲しみの道」という意味です。その小道をイエスと言う死刑囚の後について、十字架の木をかついでいかなければならないシモンにとっても苦難の道、悲しみの道でした。しかし、シモンは不思議な光景、不思議な言葉を聞くことになります。
 ルカ福音書23:26-28を参照すると、「シモンというクレネ人をつかまえ、この人に十字架を負わせてイエスのうしろから運ばせた。」と言う記事に続いて、「大ぜいの民衆やイエスのことを嘆き悲しむ女たちの群れが、イエスのあとについて行った。しかしイエスは、女たちのほうに向いて、こう言われた。「エルサレムの娘たち。わたしのことで泣いてはいけない。むしろ自分自身と、自分の子どもたちのことのために泣きなさい。」とあります。シモンはその会話を聞くことが出来たでしょう。誰が見ても、一番哀れなのはイエス・キリストです。しかし、「わたしのためでなく、自分自身と子供たちのために泣きなさい」と言われる・・・一体どういうことか?不思議だったでしょう。ゴルゴダに着いたとき、彼はかついできた重荷をおろし、役目から解放されます。しかし、その後、十字架に架けられたイエスと言う人の語る不思議な言葉を聞き、その見事な最期を目撃したはずです。
Bシモンのその後
 聖書注解者の多くは、シモンは後にクリスチャンになったと解説しています。その裏付けは、次の聖書箇所です。
マルコ15:21 そこへ、アレキサンデルとルポスとの父で、シモンというクレネ人が、いなかから出て来て通りかかったので、彼らはイエスの十字架を、むりやりに彼に背負わせた。
 シモンの息子たちの名前まで記されています。その理由は、彼らが初代教会で知られているクリスチャンであったという理由以外考えられません。また、次の箇所も参照されます。
ローマ16:13 主にあって選ばれた人ルポスによろしく。また彼と私との母によろしく。
使徒13:1 さて、アンテオケには、そこにある教会に、バルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン(シモンの可能性あり)、クレネ人ルキオ、国主ヘロデの乳兄弟マナエン、サウロなどという預言者や教師がいた。

 シモンはイエス様の十字架の死を見て、考えさせられたでしょう。そして、後にキリストを信じる者となり、彼の家族も信仰を持ち、主イエスと教会に仕える者となったと考えて良いでしょう。
C信仰者への啓示
 イエス様が負いきれなかった十字架をシモンが背負ったということ・・ 霊的な適応を考えるなら、信仰者である私達一人一人もキリストのために十字架を背負うことが求められているということです。
マタイ 16:24 それから、イエスは弟子たちに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。
 「自分の十字架」とは、罪のために受ける苦しみではなく、自分の生活の苦しみでもなく、キリストのために背負う苦しみを指しています。
 コロサイ人への手紙では、使徒パウロが次のように書いています。
コロサイ1:24 ですから、私は、あなたがたのために受ける苦しみを喜びとしています。そして、キリストのからだのために、私の身をもって、キリストの苦しみの欠けたところを満たしているのです。キリストのからだとは、教会のことです。
 シモンのように、その十字架は人から無理矢理に負わされた重荷かもしれませんが、実は神様の摂理の中にあり、後にそれが祝福となることに目を留めたいのです。シモンは十字架を背負わされた時は、突然起こった不幸な出来事を嘆き、悲しんだはずです。もし、彼がクリスチャンにならなかったなら、彼にとってあの重く苦しい十字架は一生忘れられない屈辱的な経験だったでしょう。しかし、彼がキリストを信じてクリスチャンとなったのであれば、彼の考えは変わったはずです。「この私がイエス様のために重い十字架を担うことが出来た!」と喜び、誇りに思ったはずです。教会に集い、「わたしがイエス様の代わりに十字架をかついだシモンです!」と証ししたことでしょう。不幸だと思っていたことが、神様の恵みだと変えられるのです。これが信仰のなせるわざです。

 シモンのたった一節の短い記事に教えられます。クリスチャンの皆さん、私達も主イエス・キリストのために十字架を背負って歩きましょう。重い十字架かもしれません。しかし、信仰によって目を開いて前を見るなら、あなたの前を傷だらけのイエス様が歩いてくださっているのです。そして、重い十字架をよくよく見るなら、それはあなたにとって大きな喜び、大きな誇りと変わっている事を知るのです。