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心に響く聖書の言葉


聖書の福音とは?


 私は十八歳の時に、米国から来られた宣教師から
聖書の福音を聞き、それを信じてクリスチャンになりました。それまで「神なんているはずがない」と根拠もなく信じていた私にとって、それは一大決心の時でした。あれから約四十年たった今でも、「福音を信じて本当に良かった!」と思わない日はありません。ですから、私は一人でも多くの方々に福音を伝えたいと願ってこのホームページを開設しています。今回は「聖書の福音」についてまとめました。

一、福音はイエス・キリストに関することです

 聖書は福音について次のように記しています。
ローマ1章2〜4節
──この福音は、神がご自分の預言者たちを通して、聖書にあらかじめ約束されたもので、 御子に関するものです。御子は、肉によればダビデの子孫から生まれ、 聖なる霊によれば、死者の中からの復活により、力ある神の子として公に示された方、私たちの主イエス・キリストです。

 福音とは、イエス・キリストに関することであり、それ以外のことは福音ではありません。そして福音は、預言者たちを通して
聖書であらかじめ約束されていたということは注目すべき点です。ここで言う聖書とは、旧約聖書のことであり、イエス・キリストがお生まれになる前から、福音は預言され、神様が計画されていたのです。この聖書の預言について学ぶなら、福音が神話や逸話という類いのものではなく、歴史的事実と証言に基づいていることを知ることが出来ます。
※次のページを参考にしてください…聖書の預言とは?
 それでは、福音の内容に目を向けましょう。


二、福音は「十字架と復活」の知らせです

 福音について使徒パウロは次のように記しました。
Tコリント15章1〜8節
 兄弟たち。私があなたがたに宣べ伝えた福音を、改めて知らせます。あなたがたはその福音を受け入れ、その福音によって立っているのです。 私がどのようなことばで福音を伝えたか、あなたがたがしっかり覚えているなら、この福音によって救われます。そうでなければ、あなたがたが信じたことは無駄になってしまいます。
 私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書に書いてあるとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおりに、三日目によみがえられたこと、また、ケファに現れ、それから十二弟子に現れたことです。
 その後、キリストは五百人以上の兄弟たちに同時に現れました。その中にはすでに眠った人も何人かいますが、大多数は今なお生き残っています。その後、キリストはヤコブに現れ、それからすべての使徒たちに現れました。そして最後に、月足らずで生まれた者のような私にも現れてくださいました。
 福音を要約するなら、
@イエス・キリストが私たちの罪のために死なれたこと
A葬られたこと
B三日目によみがえられたこと
C弟子たちに現れたこと
です。さらに要約するなら、「
キリストの十字架と復活の知らせ」と言えるでしょう。イエス・キリストが十字架に架かり、死なれたことは周知の事実であり、それを疑う人はいません。ただ、彼が墓の中から三日目によみがえられたことは歴史的事実とはされていません。なぜなら、それを事実とするなら、すべての人はクリスチャンになるべきだからです。ですから、どれだけ多くのキリスト復活の証人がいたとしても、神を信じたくない人はそれを否定するのです。しかし、私たちは事実を事実として受け入れるべきです。

 私はもともと疑い深い人間でしたが、歳を取るにつれ益々疑い深くなりました。というのもインターネット普及により、幾度も詐欺にあいそうになった経験があるからです。詐欺メールや詐欺オークションで、危なくお金を失うところでした。それで今では企業からのメールや、検索したホームページは信用しないことにしています。悲しいことですが、詐欺を働く人が多くいることを知らなければなりません。
 それは宗教についても同じです。人々を洗脳してお金をむしり取る宗教団体があります。病気や死の悲しみ、弱みにつけ込む人たちもいます。ですから、私たちは気を付けなければいけません。逸話や体験談など不確実要素の多い話には注意すべきです。だから私はクリスチャンになる前も、クリスチャンになった後も聖書の記事や説教を鵜呑みにするのではなく、真実かどうか納得するまで調べることにしています。そして分かったことは、聖書に記されていることはすべて事実を事実として書いているということでした。使徒パウロが記したイエス・キリストの十字架の死、葬られたこと、よみがえられたこと、そして多くの弟子たちの証言も疑いようのない事実なのです。
※次を参照してください…聖書とは?


三、福音は私たちに救いを与えます

 では、なぜ聖書の福音が重要視されるのでしょうか? 二千年も前の出来事が私たちと一体何の関係があるのでしょうか?…その答えは、神様の存在を知らない人にとっては神様の存在を知るきっかけとなるからです。福音を知るなら、歴史の中で神様が確かに人間世界に関わっておられることを知るのです。

 次に、福音には人間にとって最も重要なメッセージがあるからです。
ローマ 1章16節
私は福音を恥としません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシア人にも、信じるすべての人に救いをもたらす神の力です。

 幼い子供でも分かるように言うなら「天国へ行くか、地獄へ行くかの分かれ道」に立たされた時に、地獄のさばきと苦しみから救ってくれるのが福音です。本来、人間は創造主である神様によって造られた被造物であり、神様の栄光を表し、神様に愛され、神様と共に生きるものとして生まれました。しかし、人間は神様の前に罪を犯し、神様を恐れて隠れ、自分の欲望の中に生きるようになってしまいました。(これらは聖書の創世記に記されています)その結果、人はその犯した罪のために死というさばきを受け、地獄で苦しむことが定められたのです。しかし、神様は人間に救いの計画を立てられました。それが福音です。罪のない御子イエス・キリストが罪人の身代わりとして死ぬことによって、罪人の罪を赦すことを約束されました。イエス・キリストはこの救いのために十字架に架かられたのです。

 また、イエス・キリストが復活されたことにも大きな目的があります。それは第一に、十字架による罪の赦しが神様のご計画であることを証明するためです。イエス・キリストは正真正銘、預言されていた救い主であり、神様の御子であることを証明するために、復活して弟子たちの前に現れることが必要不可欠だったのです。第二に、神を愛する人々もキリストと同じように、死んでもよみがえって、永遠のいのちを持つことを証明されたのです。


四、福音を聞いたなら

 では福音を聞いた後、私たちは何をしたらよいのでしょうか?…その答えが聖書にあります。
使徒16章30、31節
そして二人を外に連れ出して、「先生方。救われるためには、何をしなければなりませんか」と言った。二人は言った。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」

 「
主イエスを信じる」ということは、イエス・キリストの福音を信じることであり、彼があなたの罪のために身代わりとなって十字架で死なれ、葬られ、三日目によみがえられた救い主であることを信じることです。そのほかに何もする必要はありません。なぜなら、罪人である人間は自分の罪の赦しのために何も出来ないからです。ですから救いは神様からの恵みであり、私たち人間は神様の恵みをただ頂き、神様に感謝するだけなのです。

 私は福音を信じてクリスチャンになった時、心の底から喜びがあふれ、感激の涙を流したことを今でも覚えています。聖書の言葉が心に響いたのです。でもいつまでこの喜びが続くかと心配しました。しかし、今その心配は全くありません。イエス様を信じて信仰生活を送れることがこの世のどんなことより楽しく、年ごとにその喜びが増しているからです。それは聖書の学びを重ねることにより福音が真実だとさらに理解するからです。

 これを読んでくださっているあなたも聖書の福音を信じてほしいと心から願います。そのためにぜひ聖書を学んでください。疑いがあるなら、解決するまで調べてください。きっと、聖書の福音が事実であり、神様のご計画であり、あなたにとってかけがえのない救いの約束であることを分かっていただけると思います。