心に響く聖書のことば

過越の祭りと十字架の日付


 四福音書を学んでいると、イエス・キリストが十字架に架けられた日にちが錯綜していますので、まとめておきたいと思います。

日本の暦新約時代の
ユダヤ歴
旧約聖書の
規定
主イエスの受
難と復活
13日の日
没後(木曜)
14日(金
曜)
過越の祭り1
日目
(種なしパン
の祭り)
過越の準備
(過越の備え
日)
晩餐準備、
最後の晩
餐、
ゲッセマネの
祈り、逮捕
14日の日
没前(金曜)
14日(金
曜)
子羊をほふ

鴨居と門柱
に血
裁判、十字
架、埋葬
14日夜(金
曜)
15日(土
曜)安息日
過越の食事
種なしパンの
祭り

15日朝(土
曜)
15日(土
曜)安息日


15日夜(土
曜)
16日(日曜)

16日朝(日
曜)
16日(日曜)
復活
※この日付は、過越の羊がほふられる時(14日の日中)と、十字架でイエス様が死なれた時が同じであると仮定した場合です。もし、最後の晩餐が本来の過越しの食事であったなら、日付は1日ずれます。ただし、その場合にはヨハネ福音書が記している日付の解釈が困難です。

 旧約聖書(出エジプト記12章、レビ記23章)では、14日の夕暮れ前に子羊をほふり、家の鴨居と門柱にその血を塗ること、そして陽が沈んだあと(ユダヤでは15日)、過越の食事を食べることが規定されています。、その日から種なしパンの祭りが始まります。したがって、14日の間に人々はパン種を家の中から取り除き(現在、イスラエルでは大掃除をして、発酵する食品をすべて処分します)、子羊をほふり、過越の準備をすることになります。

出エジプト 12:18 最初の月の十四日の夕方から、その月の二十一日の夕方まで、種を入れないパンを食べなければならない。
レビ23:5-6 第一月の十四日には、夕暮れに過越のいけにえを【主】にささげる。この月の十五日は、【主】の、種を入れないパンの祭りである。七日間、あなたがたは種を入れないパンを食べなければならない。
U歴代誌35:1 さて、ヨシヤはエルサレムで【主】に過越のいけにえをささげた。人々は第一の月の十四日に過越のいけにえをほふった。



 新約時代には13日の日没後から(ユダヤでは14日)過越の祭りと種なしパンの祭りの第一日目と言われていたようです。また、遠くに住む人たちが巡礼のためイスラエルに集まり、人があふれるため、13日の夜(ユダヤでは14日)に過越の食事を取ってもよいと考えられていたようです。

マタイ 26:17 さて、種なしパンの祝いの第一日に、弟子たちがイエスのところに来て言った。「過越の食事をなさるのに、私たちはどこで用意をしましょうか。」
マルコ 14:12 種なしパンの祝いの第一日、すなわち、過越の小羊をほふる日に、弟子たちはイエスに言った。「過越の食事をなさるのに、私たちは、どこへ行って用意をしましょうか。」
ルカ 22:1 さて、過越の祭りといわれる、種なしパンの祝いが近づいていた。
ルカ22:7 さて、過越の小羊のほふられる、種なしパンの日が来た。


 したがって、弟子たちが最後の晩餐の準備に出かけたのは13日の日没後(ユダヤでは14日)すぐの事であったという事になります。弟子たちはイエス様の指示通り出かけます。

マルコ14:13 そこで、イエスは、弟子のうちふたりを送って、こう言われた。「都に入りなさい。そうすれば、水がめを運んでいる男に会うから、その人について行きなさい。
14:14 そして、その人が入って行く家の主人に、『弟子たちといっしょに過越の食事をする、わたしの客間はどこか、と先生が言っておられる』と言いなさい。
14:15 するとその主人が自分で、席が整って用意のできた二階の広間を見せてくれます。そこでわたしたちのために用意をしなさい。」
14:16 弟子たちが出かけて行って、都に入ると、まさしくイエスの言われたとおりであった。それで、彼らはそこで過越の食事の用意をした。
14:17 夕方になって、イエスは十二弟子といっしょにそこに来られた。


 弟子たちは過越の食事の準備をすぐに済ませることが出来たので、イエス様が来られた時でさえ、「夕方になって」と記されているのでしょう。
※別の解釈では、
マルコ 14:12 「種なしパンの祝いの第一日、すなわち、過越の小羊をほふる日に」という日付は、17節の過越の食事の事を指していて、弟子たちは昼間に準備していたと考えることもできるでしょう。

 ヨハネ福音書だけは、旧約聖書の規定通り、14日を「過越の祭りの備え日」と書いています。

ヨハネ 13:1 さて、過越の祭りの前に、この世を去って父のみもとに行くべき自分の時が来たことを知られたので、世にいる自分のものを愛されたイエスは、その愛を残るところなく示された。
ヨハネ 19:14 その日は過越の備え日で、時は第六時ごろであった。ピラトはユダヤ人たちに言った。「さあ、あなたがたの王です。」
ヨハネ 19:31 その日は備え日であったため、ユダヤ人たちは安息日に(その安息日は大いなる日であったので)、死体を十字架の上に残しておかないように、すねを折ってそれを取りのける処置をピラトに願った。
ヨハネ 18:28 さて、彼らはイエスを、カヤパのところから総督官邸に連れて行った。時は明け方であった。彼らは、過越の食事が食べられなくなることのないように、汚れを受けまいとして、官邸に入らなかった。




 考えてみるなら、イエス様と弟子たちが最後の晩餐を正式な過越の食事として取ることは不可能なことです。なぜなら、小羊がほふられた後に過越の食事が来るのですから、小羊であるキリストが死なれる前の食事は過越の食事とはなりえません。しかし、主イエスは次のように言われました。

ルカ22:15-16 イエスは言われた。「わたしは、苦しみを受ける前に、あなたがたといっしょに、この過越の食事をすることをどんなに望んでいたことか。あなたがたに言いますが、過越が神の国において成就するまでは、わたしはもはや二度と過越の食事をすることはありません。」

 つまり、イエス様は過越の祭りの霊的意義をここで教えておられるのです。過越の祭りの本来の意義は、小羊の血によって神の裁きから救われたことをお祝いすることです。その小羊であるキリストと共に食事をすることは、究極の過越の食事だという事です。裂かれるパンは小羊キリストの身体であり、ぶどう酒はキリストが流される血を象徴します。過越の食事はエジプトでの苦難と救いを記念していましたが、その救いの基礎は、後に来られるキリストの十字架の贖いによるのです。新約の教会に命じられている主の晩餐は、新しい契約の元での過越の食事といえます。

 イエス・キリストが次に過越の食事をされるのは、神の裁きが過ぎ去る千年王国においてという事になります。キリストと花嫁である教会の結婚披露宴が行われますが、その時の食事はキリストと共にいただく過越の食事なのです。

黙示録19:9 御使いは私に「小羊の婚宴に招かれた者は幸いだ、と書きなさい」と言い、また、「これは神の真実のことばです」と言った。
Tコリント 5:7 新しい粉のかたまりのままでいるために、古いパン種を取り除きなさい。あなたがたはパン種のないものだからです。私たちの過越の小羊キリストが、すでにほふられたからです。