心に響く聖書の言葉

十戒・第八戒    


出エジプト記20章15節
「盗んではならない」

 モーセの十戒を一つずつ学んでいますが、十戒には福音と同じように神の義が啓示されており、神が愛であり聖いお方であることが示されています。したがって、十戒の学びを通して、神様が私たちに何を望まれているのか、人はどのように生きるべきなのかを知ることが出来るのです。
 「殺してはならない」と言われる事により、神が人を愛されていることを知り、人のいのちを尊重すべきだと学びました。「姦淫してはならない」と言われることにより、神は私たちの家庭を祝福しようとされていることを知り、私たちは身を汚すべきではなく、身を清く保つべきであることを学びました。
 同じように「盗んではならない」という戒めを通して知ることは、神は私たちの生活を祝福しようとされておられ、私達は怠けることなく働くべきであることです。


1.なぜ人は盗むのか?

 箴言に、次の祈りが記されています。
箴言30:8 不信実と偽りとを私から遠ざけてください。貧しさも富も私に与えず、ただ、私に定められた分の食物で私を養ってください。
30:9 私が食べ飽きて、あなたを否み、「【主】とはだれだ」と言わないために。また、私が貧しくて、盗みをし、私の神の御名を汚すことのないために。

 神様にこのように祈ることは大切なことだと思います。人は貧しすぎても裕福すぎても問題が生じます。富を持ちすぎると高慢になり、神様に祈ることを忘れてしまいます。貧しすぎると、盗みたいという誘惑に負けてしまうからです。「主の祈り」にあるように、「日ごとの糧を今日も与えてください」と祈るくらいがちょうど良いのです。食べるものがない時に「今日の糧だけでも与えてください」という切羽詰った祈りは、真剣な祈りですが、平安がありません。貧しすぎるのは主の御心ではありません。

 しかし盗みという罪は、貧しい人だけが犯す罪ではありません。万引きや詐欺事件を起こした人の中には、貧しい人だけではなく、お金持ちの人もいます。万引きした人を捕まえてみると、警察の巡査長だった、大学の教授だった、一流企業の部長だったという事があります。数百円の雑誌や弁当の代金を払わなかったために、それまで築いてきた地位と名誉と職をドブに捨ててしまった人もいます。本当におろかな行為です。身勝手な時代、罪の意識を失いかけている今日です。

2.なぜ神様は「盗むな」と命じられるのか?

 アーサー・ピンクという神学者はその著書「十戒」のなかで、「盗みが出てくる根は、神が割り当ててくださった分け前に対する不満であり、神が我々に与えられず他の人に与えられたものをひどく欲しがる事である」と書いています。神さまが「盗んではならない」と命じられるとき、そこには自分の持っているもので満足すべき事を教えています。また、盗むことがないように、「あなたの生活に必要なものを神は備えてくださる」という約束も含まれているのです。その約束を新約聖書に見ることができます。

マタイ7:9 あなたがたも、自分の子がパンを下さいと言うときに、だれが石を与えるでしょう。
7:10 また、子が魚を下さいと言うのに、だれが蛇を与えるでしょう。
7:11 してみると、あなたがたは、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天におられるあなたがたの父が、どうして、求める者たちに良いものを下さらないことがありましょう。


ヨハネ16:23 その日には、あなたがたはもはや、わたしに何も尋ねません。まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが父に求めることは何でも、父は、わたしの名によってそれをあなたがたにお与えになります。
16:24 あなたがたは今まで、何もわたしの名によって求めたことはありません。求めなさい。そうすれば受けるのです。それはあなたがたの喜びが満ち満ちたものとなるためです。


 重要なのは「あなたにとって良いものを父は与えてくださる」という点です。私利私欲で求めてもそれはあなたに必要ではないものですから無理なお願いです。生活を楽にし、楽しむために色々な製品を購入したいと願うことは決して罪ではありませんが、持っているもので満足することも大切です。

ヘブル 13:5 金銭を愛する生活をしてはいけません。いま持っているもので満足しなさい。主ご自身がこう言われるのです。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」

 これは金銭だけではないでしょう。あなたに与えられた能力や知識、環境、体力、健康、年齢、顔かたち、家庭、そして賜物や奉仕でも同じです。今、持っているもので満足することが大切です。
 どんな大画面の液晶テレビも、最新の高級車も、20年30年も経てば粗大ゴミになってしまいます。しかし神様の恵みはなくなることがありません。むしろ歳をとるごとに蓄積され、永遠の富となります。虫もつかず錆もせず、盗人に取られることもありません。もし私たちが将来住む天国の栄光を一瞬でも見ることができたなら、どんなにか私たちは喜び踊り、イエス様のことばに忠実に歩むことでしょう。「私たちの国籍は天にあります」とはなんと素晴らしい約束でしょう。


3.盗むことのないために

エペソ4:28 盗みをしている者は、もう盗んではいけません。かえって、困っている人に施しをするため、自分の手をもって正しい仕事をし、ほねおって働きなさい。
Uテサロニケ 3:10 私たちは、あなたがたのところにいたときにも、働きたくない者は食べるなと命じました。
 「盗んではならない」と命じられた神様の御心は、この地上でのいのちが与えられている間は怠けず仕事をして働き、神様の栄光を現すことです。仕事をして金銭を得ることによって人のものを盗まないことが大前提ですが、イエス・キリストが「神のものは神に返しなさい」と命じられた通り、神様にささげることも大切なことです。働くことによって不自由なく生活し、神様の恵みを喜び、神様に仕えていくことが出来ます。

 あなたが定年退職しても、あるいは身体が動かなくなって労働が出来なくなっても、神様から与えられているあなたにしか出来ない仕事があります。与えられた賜物を用いて福音を伝える働きです。主が再び帰って来られるときまで、キリストの証人として働きましょう。


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